2012年03月01日

運転免許

こんばんは、まみこです。
私は運転免許を持っていません。
若い頃はそれほど不便は感じませんでした。
それが今になって取っておけばよかったと思います。

どうして取らなかったかというと、お医者さんに禁止されたからです。
高校生の時、神経科の先生が「いつ倒れるか分からないから運転はしないように」とおっしゃいました。
素直な(?)私はそれを守ったのです。

姉は高校を卒業するとすぐに、教習所に通い免許を取得しました。
父も運転したし、車が必要な時はどちらかに頼めば乗せて行ってくれます。
ただ父は性格なのか、運転が危ないのです。
高をくくるというか「大丈夫だよ」と言って、無理な追い越しをしたり、信号が黄色になっても突っ込んで行きます。
それで60歳で定年退職した時に、母と一緒に説得して免許を返上させました。
姉は既に嫁いでいたので、父の車は姉に譲りました。

家には運転できる人がいなくなりました。
でも東京に住んでいると交通の便がいいので、それほど不自由は感じませんでした。
私も座れさえすれば、電車やバスにも乗れていましたし。

父が亡くなり、母もだんだん老いてきます。
母は階段から落ちてから急激に腰が悪くなりました。
そして4年ほど前から認知症にもなり、足も弱りました。
ボケた母の気晴らしにドライブでも連れて行ってあげたいと思いました。
でも私は免許がありません。
免許さえあればレンタカーでも借りて、連れて行けたのにと取らなかったことを後悔します。

母はもう施設に入ったので、家に居る頃ほどは思わなくなりましたが、私自身が不便に思うようになりました。
パニック障害が悪化して、今は電車もバスも乗れません。
人なかに出るのが駄目なのです。
タクシー代が馬鹿になりません。

免許証は身分証明書にもなりますしね。
ペーパードライバーでもいいから、取っておけばよかったと思います。
今から勉強するのも億劫ですし、第一教習所まで通えません。
浅草には教習所がないのです。

人生後悔することもありますが、それはそれで仕方ないですね。
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2012年02月27日

ヨンハちゃ〜ん



こんにちは、まみこです。
パク・ヨンハ(박용하)ちゃんは韓国の俳優兼歌手です。
熱烈なファンではありませんが好きです。
韓流に興味のないかたも「冬のソナタ」でヨン様ことペ・ヨンジュン(カン・ジュンサン、イ・ミニョン役)の恋敵キム・サンヒョクを演じた人といえば分かる方もいらっしゃると思います。

残念なことに2010年6月30日に32歳の若さで亡くなってしまいました。
自殺といわれています。
真相はわかりません。
発見者はお母さんです。

亡くなる日、お酒を飲んで帰宅して病気のお父さんの足をさすりながら「ごめん、ごめん」と泣いて自室にはいったようです。
日本に入った第一報は首吊り自殺でした。
首を吊っていたとか、電気コードを首に巻いて倒れていたとか情報は一転二転しました。
警察の発表では充電用電気コードによる感電死だそうです。
きっとこれが正しいのでしょう。
自殺なのか自殺しようとコードを巻いて思い止まろうとする間に感電してしまったのかは、死人に口無しで誰も知らないことです。

でも随分苦しんではいたようです。
「竹島は日本の島だと思ってた」発言で自国では酷いバッシングを受けています。
17歳から働いて多額の借金を返済し、個人事務所も持ったのにマネージャー(だったかな?)に資金を横領されました。
お父さんは末期の胃癌で(ヨンハちゃんの死後亡くなりました)介護に疲れていたみたいです。
鬱病だという話もあります。
真面目で優しい性格なので表には出せなかったのでしょうね。

曲は日本での最初のアルバム「期別(キビョル)」から同名の曲です。
このCDは私も持っていますが、写真が普段のヨンハちゃんと違いますね。
下に写真を貼っておきます。

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惜しい人を亡くしました。
韓国では生きにくかったのかもしれません。
今度生まれてくる時には日本に生まれておいでと言いたいです。
日韓の架け橋になりたいと頑張っていたのに・・・


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2012年02月26日

一人上手

こんにちは、まみこです。
子供の頃から私は一人でいることが苦にならない性格でした。
近所の子や友達と遊ぶこともありましたが、どちらかというとインドア派です。

子供が悪いことや悪戯をした時に、親が使う常套手段に締め出しや閉じ込めがあります。
私も姉もよくやられました。
昔の家には窓の外に欄干がありました。
そこへ追い出されて窓の鍵を締められてしまうのです。
あと押し入れに閉じ込められたりします。
姉はいつも「ごめんなさい。もうしないから」と泣き喚いていました。
私は平気でした。
欄干に出された時は手すりに手と顎を乗せて、庭を眺めたり空を見上げたり結構楽しんでいました。
押入れに入れられると、布団を動かし丁度いい窪みを作って寝るのです。
あまりにも静かなものだから返って母のほうが心配になり、戸を開けてくれます。
「もういいから出なさい」とか「入りなさい」と言われても「まだいい。ここにいる」なんて答えていました。
「本当に怒りがいのない子なんだから」とよく言われました。

幼稚園の時も何度も一人で外に出されたことがあります。
例えば、明日は時計を作るから空き箱を持って来るように、とか言われても持って行かないのです。
箱に限らず何々を持参するように言われても、持って行ったためしがありません。
反抗していたのではないのです。
ただ幼稚園カバン以外の物を持って行くのが面倒だっただけです。
そんな時はいつも外に出されます。

幼稚園は小学校の中にあって、四角に囲まれた中が校庭になっています。
四角の一辺が幼稚園でした。
校庭の幼稚園側には砂場や鉄棒があるので、大抵そこで遊んでいました。
寂しくも退屈でもありませんでした。

家に帰ると小学校の窓から姉が見ていたらしく「まみこちゃんまたお外にいた」と母に報告するのです。
母は叱ることもなく「今度は何を持って行かなかったの?」と聞きます。
「今度からは持って行くものはちゃんと言わなきゃだめよ」と言うのですが、私は一人で遊びたいので言いませんでした。

そんなわけで子供の頃から一人上手だった私は、今一人暮らしになっても寂しさは感じません。
ただ体の不安があるだけです。
丈夫で元気なら一人っていいですよ。
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2012年02月24日

浪曲

こんにちは、まみこです。
浪曲って聴いたことありますか?
子供の頃両親に連れられて2〜3度寄席に行ったことがあります。
まだ子供ですから、落語も漫才も浪曲も退屈でした。
楽しみだったのは紙切りでした。
見事な鋏さばきで客のリクエストに答えスラスラと切っていきます。
1番つまらなかったのは浪曲でした。

それからずっと寄席には行くことがありませんでした。
ところがひょんなことから浪曲を聴く機会に恵まれました。

他派の琵琶の会に賛助出演した時です。
故三代目玉川勝太郎師もゲスト出演したのです。
琵琶の会に浪曲というのも珍しいですが、その派の会長との縁だったようです。

私はもう出番が終わっていたので、浪曲でも聴いてみようかと客席に行きました。
出し物は「忠治山形屋」というものでした。
前振りから面白かったです。
琵琶では男性の衣装は紋付袴なので、着替えずに聴きにきた人もいます。
師は「紋付袴で浪曲を聴いてくれるなんて初めてですよ」と笑わせていました。

忠治ですから任侠物ですが、途中で脱線したりして笑いをとります。
初めてじっくりと聴きましたが、なかなかいいもんですね。

また機会があったら聴いてみたいと思いますが、やっぱり生がいいです。
テレビやCDではじゅうぶん良さがでないような気がします。

玉川勝太郎師はまだ70歳になるかならないうちに、惜しくも肝臓がんで亡くなってしまいましたが。
浪曲に限らず落語や講談も聞いてみたいです。
大人になった今なら良さがわかるかもしれません。

もう10年以上前のことですが、忘れられない経験でした。
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2012年02月22日

魔の時間

こんにちは、まみこです。
去年の3月29日午後7時頃のことです。
私は大体いつも5時半になったら夕食の準備をして、食べて7時頃歯を磨きます。
いつものように歯を磨いていたら、突然眩暈に襲われました。
眩暈といっても回転性のものではありません。
方向感覚がなくなるような感じです。

浅草に「花やしき」という小さな遊園地があります。
そこにある「ビックリハウス」みたいな感覚になるのです。
「ビックリハウス」は細長い部屋の左右にベンチのような椅子があって、客はそこに座ります。
壁や天井にはカラフルな絵が描いてあります。
時間がくると扉が閉まり椅子がブランコのように揺れます。
そして部屋の中が回転します。
客はただブランコ状に揺れてるだけですが、平衡感覚がなくなります。
とても気持ちが悪く目を開けていられませんでした。

その時は「ビックリハウス」状態になったのです。
翌日も翌々日も歯を磨いていると同じようになります。
立っていられなくて、しゃがんで磨いていました。
そして早々に寝てしまいます。
パジャマに着替えるのもしゃがんだままです。

それから7時は魔の時間になりました。
そんな日がずっと続き、8月4日にとうとう歩くこともできなくなり意識も朦朧としてきたので、救急車のお世話になりました。
所謂パニック発作なんですけど、7時というのがネックになって予期不安で午後から具合が悪かったです。
それで歯磨きは食事の後片付けをしたらすぐするようにしました。

それでも暫くの間は7時頃には、もう起きていられませんでした。
いつでも寝られるから大丈夫と自分に言い聞かせて、少しずつ魔の時間が克服できるようになりました。
7時、7時半、8時という具合にだんだん寝る時間を遅くしていき、今では9時半位までは起きていられます。
多分もう10時頃までは平気だと思います。

午前中は普通なので、用事はすべて午前中に済ませます。
出掛けるのもお風呂も全部午前中です。
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2012年02月20日

キム・ジョンファン



こんにちは、まみこです。
久し振りに音楽を貼ります。

韓国のバラード歌手キム・ジョンファン(김종환)の「存在の理由」です。
韓流ファンもK-POPファンも多分知っている人は少ないでしょう。
何故私がこの歌手を知っているかというと、韓国語教室に行っていた時そこで見つけたのです。
教室には本やCD、DVDなどが置いてあって、図書館みたいに貸し出し用紙に記入すれば貸してくれるのです。
レッスンが終わってCDの棚から何気なく手に取ったのが、彼のCDでした。
講師の先生が「これいいですよ。是非聴いてみてください」とおっしゃるので借りました。
ハスキーな声が良くて1曲目から気に入ってしまいました。

気に入ったものは自分で持っていたいという欲望があります。
CDを探しましたが無くて、韓国の通販ショップで買いました。
「存在の理由」が1番好きな曲ですが、全曲いいです。
アルバムの最後の曲は、すべて語りです。
これもいいです。

日本ではメジャーな人ではないので、随分検索しましたがプロフィールはわかりません。
1990年代後半からヒット曲を数々出し、今でも韓国女性に最も好まれている歌手の1人です。4249_l.jpg
写真の通りご本人はイケメンでもないし、格好良くもありません。
どこにでもいるような普通のおじさんです。
若くもないですし。

この声、好きな人には最高ですけど全く受け付けない人もいるでしょうね。
posted by まみこ at 12:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月18日

ブラジャー

こんにちは、まみこです。
姉は巨乳です。
小学校の高学年の頃にはかなり胸が目立ってきていました。
それに比べ肋骨が浮き出るほど痩せていた私はペッタンコでした。

母が姉にブラジャーを買ってあげました。
すごく羨ましかったです。
昔ですからブラジャーといっても、そんなにお洒落なものではなく実用的なものでした。
姉のも確か白い木綿のレースのものだったと記憶しています。

私は貧乳というのもおこがましいくらい膨らんでいませんでした。
中学に入ってもブラジャーはしていませんでした。
あの頃は中学生でもしていない子が殆どだったように思います。
今の子供のように発育がよくありませんでしたから。

それでも私はブラジャーが欲しくてたまりません。
母に何度もねだりました。
母は私の胸を見ては「まだいらないでしょう?」と笑っていました。
あまり言うものだから母もうるさくなったのでしょう。
中1の終わりごろ、学校から帰って来ると机の上に包みが置いてありました。
開けてみるとブラジャーが2枚入っていました。
白いカップの上に白い透けるナイロンの生地が被せてあって、そこにピンクとブルーの花が刺繍してあるものです。
縁には細いレースがギャザーになって付いています。
もう大喜びでした。
すぐには付けないで箪笥にしまって、時々出して見てはニヤニヤしていました。

今は下着も色々なものがあります。
カラフルだしデザインも豊富です。
見せブラや見せパンなんていうのもあるくらいです。

母に買ってもらわなくても自分で買えるようになってからは、選ぶ楽しみも出てきましたが、あの時の純な嬉しさはなくなりました。
posted by まみこ at 13:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

ハスキーボイス

こんにちは、まみこです。
琵琶楽協会では不定期ですが年に3回程研究会があります。
流派を問わず5人演奏をして、それに対する講評があるのです。
一般のかたも会費(お弁当付きで1500円だったと思います)を払えば聴くことはできますが、演奏会ではないので殆ど会員のみです。

私が初めて出たのは入門して3年目の時です。
講評は当時の会長(もう亡くなりました)でした。

5人の中にハスキーボイスの人がいました。
全員が終わって講評の時です。
私も琵琶歴40年のベテランの人と比較されてクソミソに言われましたが、気の毒なのはハスキーな人です。
風邪をひいていると決め付けられ「あなたがたはプロなんだから、当日体調を整えられないなんて言語道断です」とまで言われたのです。
琵琶の持ち方から姿勢まで散々な言われようです。

その会長はワンマンで自分が1番偉いと思っているような人でした。
私達は彼女の声が元々ハスキーだと知っていましたが、異議を唱えるようなことはできません。
会場は静まり返っていました。

私も当時はまだ発展途上中でプロではありませんでした。
研究会に出場=プロと見なされることに納得がいきませんでした。
兎に角嫌なオヤジで大嫌いでした。
でも間もなく会長を辞任したのでよかったです。

あそこまで酷評されて、彼女は大丈夫かなと心配でした。
彼女の師匠だって内心穏やかではなかったでしょう。

帰りに外に出たら、彼女達一門がいたので「お疲れ様」と言ったら案外平気そうに「さようなら〜」と答えてくれました。
何度か楽屋で出会っているうちに、彼女は非常にケロッとした(悪く言えば大雑把)性格だとしりました。

確かに琵琶にハスキーボイスは不利だと思います。
でも持って生まれた声は変えようがありません。
いい声を潰すことはできますが。

逆に私は詩吟をやった為、声帯を痛めて琵琶ができなくなりました。
高い声のところになると擦れるのです。
だからもう琵琶に携わることはないでしょう。

個人的にはハスキーな声は好きです。
但し琵琶を含めて古典邦楽には向かないように感じます。
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2012年02月13日

ゴン

こんにちは、まみこです。
普段からコミックを読む習慣はありません。
昔少女コミック雑誌は読んでいましたが、姉が読み終えたものをもらって読んでいただけです。
コミックはあまり好きではないのです。

「ゴン」はいいと思いました。
モーニングという週刊誌に掲載されていたものです。
まとめて本になったので買いました。
1と2を買って、そのままになってしまっていました。
今頃になってもっと欲しくなり、探しました。

私は本は殆どブッ○オフで買います。
ところが何度か検索してみても、いつも品切れでした。
そこでア○ゾンで調べてみたら、ありました。
3〜6まで注文して先日届きました。
中古なので値段はまちまちです。
1円から800円台までで平均すると300円位でしょうか。
本当は7まであるのですが、これは1番安いのでも4000円以上と高いのでやめました。

「ゴン」は恐竜の子供です。
ワガママで凶暴なのですが、根はいい奴です。
なんとなく可愛いのです。

このコミックには台詞がありません。
絵のみです。
緻密な絵でとてもいいです。

これで私のコミックコレクションは「忍者武芸帳」と2種類になりました。

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2012年02月11日

置き薬

こんばんは、まみこです。
うちには常備薬というものがありません。
普通の薬局で薬を買うという習慣がないのです。
私は内科の先生の指示で養命酒を飲んでいるので、薬局には行きますが薬は買いません。
以前はマ○キヨで風邪薬などは買いましたが、家から10分程かかるので今は行くことができません。
薬局の薬は高いですしね。

薬は山ほどあります。
ただこれは病院で処方された薬です。
持病に合わせた薬なので毎日飲みます。
だからちょっと風邪っぽいとか、お腹の具合が悪いなどという時の薬がないのです。
ひどい時は病院に行きますが、それ程でもない時は不便でした。

先日、あるブロ友さんに富山の置き薬のことを教えていただきました。
早速ネットで検索して申し込み、届けてもらいました。
便利ですね。
急な時や出掛けたくない時間に合いますし、代金は使った分だけ支払えばいいのですから。
それに安心感があります。

私は体力がないので、すぐ風邪をひきます。
大事になるようなことは滅多にありません。
風邪薬を1回か2回飲めば治ってしまいます。

一昨日も風邪気味だったので、置き薬の中から飲みました。
トローチも入っていたので使いました。

薬好きというわけではないのです。
できれば飲まずに済ませたいほうです。
でも薬箱の中を見ていると楽しいです。
昔懐かしい赤玉の腹薬もまだあるんですね。

私はそそっかしくて、よく小さな怪我をするのですが、傷薬も消毒薬もなかったんです。
テープばんを貼っただけで済ませていました。
今は消毒ガーゼのついた絆創膏なんかがあること知りませんでした。

大げさなようですが、置き薬があるというだけでいい気分です。
posted by まみこ at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

どっちがいいのかな

こんばんは、まみこです。
最近浪費してます。
大金を使うわけではないのですが、欲しい物があると買ってしまうのです。
洋服、お菓子、本、CD、DVD、化粧品などです。
本当に必要なのかよく考えもしないで、なんとなくこんな物食べたいなぁと思うとネットで探して注文してしまいます。
でも届くと嬉しくなってウキウキしながら箱を開けます。
安いものばかりなんですけど気持ちが豊かになります。

私の収入は決まっています。
働いていないので、一定収入以外はボーナスも昇給もありません。
生活して貯金も少しはできますが、今後の為にはもっと節約しなくてはいけないのかもしれません。

病気があるので何時入院するかもわかりません。
それを考えると、もっと貯金を増やさなくてはとは思います。
計画的に暮らさなくてはと思う反面、味気ない日常を送りたくもないのです。

私は社交性がないし、からだの都合で外食もできません。
だから友達と会って食事をすることは皆無です。
今は出掛けられる状態でもないですし。

現在を充実させるのがいいか、我慢していざと言う時に備えるのがいいかとても迷います。
幸い借金やローンなどの負債はないので、収入は丸々入ってきます。
税金は払わなくてはなりませんが。
それに韓流グッズなどは買わなくなったので、以前よりは支出も減りました。

食べればなくなってしまう食べ物以外は足りているので、頑張って貯金に励みましょうか。
う〜ん、悩むところです。
子供もいないし財産を残す必要がないので、目標額を決めて貯金して達成したら自由に使うのがいいのかもしれませんね。
posted by まみこ at 19:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月07日

果物

こんばんは、まみこです。
女性は果物が好きとよくいいますが、私はあまり好きではありません。
自分で買ってまで食べたいと思ったことはありませんでした。
家に果物があっても、殆ど食べませんでした。
食べる気になるのはイチゴとサクランボくらいです。

ところが今年になってから、毎日食べています。
ビタミン不足を感じたからです。
特に美味しいとは思わないのですが、食べるのが習慣になりました。
そのせいかお腹の調子はいいです。

この時期はミカンやリンゴ、デコポンなどを食べています。
リンゴは1個は食べ切れないので、3日に分けて食べます。
日が経つと不味くなるのですが仕方ありません。

今迄食べられなかった柿や梨も食べられるようになりました。
大体の果物は食べられるようになったのですが、どうしても駄目なのはイチジクです。

子供の頃、庭にイチジクの木が2本ありました。
実がなって家族は食べるのですが、私は匂いを嗅いだだけで駄目でした。
父が同僚からお土産に頂いた羊羹を食べた時です。
包装を取って切って出されたので、何も考えずに食べました。
羊羹にしては色もへんだし、何だかゼリーっぽいなとは思いました。
食べた後、気持ち悪くなってしまいました。
吐きはしませんでしたが胸がムカムカします。
聞いたらイチジク羊羹だったのです。
それ以後、実は勿論イチジクの混ざっているものは一切口にしていません。

琵琶のお稽古に行っていた頃です。
師匠の家はお金持ちです。
お稽古に行くとお茶とお菓子(ケーキか和菓子)が出て、終わるとメロンが出ます。
私はメロンやスイカが嫌いです。
食べずに帰ろうとすると、食べてから帰れと言われます。
無理して食べていました。

今はイチジク以外なら何でも食べられます。
これからも毎日果物を食べて、美しさに磨きをかけようと(え?)思います。

最後の部分は見なかったことにしてください。
真っ赤な嘘ですから。
posted by まみこ at 19:30| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月05日

病院って無理言う

こんにちは、まみこです。
風邪ひきました。
2時間ほど前から頭痛と首筋の張り、悪寒がするので熱を測ってみました。
8度2分です。
喉も痛くなってきました。
PL顆粒飲みました。

病院って無理を言うと思いませんか?
具合が悪くなったら来いと言いますよね。
でも1番動くのもシンドイ時は行けません。
少し良くなったかなと思ったら行けますけど。

同居人がいて、車があれば可能ですけど1人では無理です。
かと言って安易に救急車を呼ぶのも厚かましいし。
私は何度か救急車のお世話になったことがあります。
即入院したこともありますが、あとは入院を勧められても処置だけして頂いてタクシーで帰宅しています。
救急車はお願いする時、とても迷います。
この程度(命に関わらない)で呼んでもいいのかどうか。
立つこともできない時はお願いしますけど。

今日は日曜だし、病院に行くほどでもありません。
普通に起きていられます。

PL顆粒は常備薬として神経科で出してもらっています。
大体1〜2回飲めば治ります。
昨日丁度もらってきたところです。
S先生はこういうところ融通がききます。
内科の先生は風邪だったら風邪で、診察して喉が腫れていたりしないと薬は出してくれません。
PL顆粒はひき始めに飲まないと効きません。
だから家にあると安心していられます。

今日は暖かくして早寝します。
なんて、いつも早寝なんですけど。
posted by まみこ at 16:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

成長期

こんにちは、まみこです。
中学に入学した時、私の身長は148センチで体重が29キロでした。
体重は少な過ぎですが、身長はクラスで真ん中位です。

1年の時、入院しました。
内臓の病気ではなく皮膚科での入院だったので、食事制限もありません。
からだは普通なので毎日暇でブラブラしていました。
食事は病院食にしては豪華です。
エビフライやトンカツなんかも出ました。
食べてゴロゴロしていたせいか、体重が36キロまで増えました。
病院で計ったので身長は分かりません。

中学ではテニス部に入っていました。
カッコイイ硬式テニスではなく、フニャフニャの軟式テニスです。
それでも運動量はかなりなものです。
運動して食べて、2年になったら身長は163センチまで伸びました。
体重も47キロになりました。
この時期が成長期だったのだと思います。

私は元々絵が好きで美術のほうに進みたいと思っていました。
でも中学の時は美術の先生が嫌な奴で大嫌いだったので、美術の美の字も出しませんでした。
授業中もいいかげんで、提出物もロクに出さないような態度でした。
だから中学時代の友人は、私が美術に進学するなんて思ってもみなかったでしょう。

高校に入ってからは迷わず美術部に入りました。
身長は2センチ伸びて165センチになっていましたので、運動部からの勧誘は随分受けました。
同じ運動部でも中学と高校では練習量からしてレベルが違います。
とても付いていくのは無理です。
それにこれ以上大きくなりたくなかったです。

大学は遠くて、しかも快速電車で行くので過敏性腸症候群の私にはちょっとキツかったです。
お腹のことが不安で食べるのを躊躇っていたから、39キロまで減ってしまいました。

現在は当時より体重は増えましたが、身長は1センチ縮みました。
年齢のせいもありますし、抗がん剤の影響もあると思います。
今はホルモン療法でアロマシンという薬を飲んでいるのですが、この薬は骨量を減少させます。
それで骨の薬も飲んでいます。
これにも副作用はあります。

何にせよ、この先はどんどん小さくなっていくのでしょうね。
posted by まみこ at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

冷めたコン・ユ熱

こんにちは、まみこです。
先日コン・ユくんの除隊後初作品「あなたの初恋探します」を観ました。



公開前から大々的にキャンペーンをやって、ホームページもできました。
ホームページでは映画の中の動画も頻繁に流したので、映画を観たら見たことのある場面が半分以上ありました。
あまり面白くありませんでした。
場面がコロコロ変わり、間に回想シーンが入ったりするのですが、そのわりにはスピード感もなかったです。
ソ・ジウ(イム・スジョン)はガサツで魅力ないし、ハン・ギジュン(コン・ユ)もわざとらしかったです。
コン・ユくんはハン・ギジュンとキム・ジョンウクの1人2役でしたが、同一人物感は拭えませんでした。
ラブコメディーということでしたが、笑えるシーンは1つもありませんでした。

前宣伝の割りにはヒットしなかったというのも頷けます。

それに最近コン・ユくんにあまり興味がなくなってしまいました。
あまりにも急激にファンが増えたからかもしれません。
レウォンくんのように、そこそこの人気のほうがいいです。
去年からはチュ・サンウクくんという俳優に注目してます。
コン・ユくんの時ほど熱くはなっていません。
パーッと熱したのは冷めるのもはやいですね。
それにしてもレウォンくんは随分長続きしてると思います。

下にチュ・サンウクくんの画像を添付します。
前髪は上げているほうが多いです。

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posted by まみこ at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

お知らせ

こんばんは、まみこです。
今日からコメントを承認制にさせていただきました。
表示が遅れると思いますがご了承くださいませ。

尚、迷惑コメント以外は原則表示いたします。
お返事も勿論書きます。

ご不便おかけして申し訳ありません。
posted by まみこ at 19:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食欲増進

こんにちは、まみこです。
私は元々異常に小食ですが、去年体調を崩してから益々食べられなくなっていました。
毎日気持ち悪くて、食事は薬を飲むために仕方なく摂っているような状態でした。

ところが最近お腹がすくのです。
いつのまにか気持ち悪さも無くなっています。

昼食はいつもパンです。
パンが1個食べられなくなっていたのが、今は食べられます。
少し足りないかなって感じです。

毎日午前中にコーヒーを飲みます。
コーヒーを飲むときは必ずチョコレートを食べます。
ここのところ午後もコーヒーを飲むようになりました。
3時のおやつはいつも食べています。
食べるお菓子の量も増えているように感じます。

体重増えたかもしれません。
ダイエットしている人は小まめに体重を計るみたいですけど、痩せていると減っているのが怖くて滅多に計りません。
近々計ってみようと思います。

前回神経科に行った時、先生に「ご飯どれくらい食べてるの?」と聞かれました。
机の上に指で絵を書いて「これくらいのお茶碗(子供用茶碗です)に、ご飯これくらい(3分の2くらい)」と言ったら、「何それ、鳥のエサ?」と笑われてしまいました。
3ヶ月前からドグマチールという薬が処方されています。
これは以前にも飲んでいた時期があるのですが、一昨年心療内科の先生のアドバイスで薬を減らしていき、最終的に眠剤以外全部やめた際に最初にカットされた薬です。
心療内科に行くのをやめてS先生1人に従うことにして、また復活しました。
この薬は抑うつ症状の改善の薬ですが、先日調べてみたら胃にも効くようです。
小さな胃潰瘍なら治ってしまうみたいです。
そのせいで気持ち悪いのがなくなったのかもしれません。

欝とパニック障害はまだ思わしくありませんが、食欲が出れば体力も付きます。
小さな1歩でも、少しずつ良くなっていけばいいなと思います。
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2012年01月27日

ホッケの開き

こんにちは、まみこです。
初めてホッケの開きを食べたのは、盛岡のビジネスホテルです。
盛岡には琵琶の合わせ稽古に行きました。
私達の派には盛岡支部があるのですが、弦のほうが少し弱いです。
支部で東京の大会に出演する為、弦を担当することになったのです。
歌は支部の女性3人、弦は私です。

昼間たっぷりお稽古をして、夜は近くのビジネスホテルの中のお料理屋さんで食事をし、私はそのままホテルに泊まりました。
そこでは朝食は前日に券を買っておくと食べることができます。
和食と洋食の2種類で、私は和食券を買っておきました。

食事をしに下りて行くと、すいていて間もなくお盆に載った料理が運ばれてきました。
真ん中に焼いた干物をカットしたものがあったので食べてみました。
美味しかったので「これなんですか?」と聞きました。
ホッケの開きだと教えてもらいました。
食事は量が多くて食べ切れませんでしたが、美味しかったです。

東京に帰ってからも、たまにコンビニで見かけると買って食べるようになりました。
でもちょっと大きいです。
コンビニのは小ぶりなほうなんでしょうけど、母と2人で食べても余ります。

私はスーパーに行けないので、食材は宅配を利用しています。
先日定期ボックスにホッケの開きが入っていたので、迷ったのですが買ってみました(定期ボックスはいらないものは削除できます)。
到着したら随分大きいので吃驚しました。

今は1人なので連日食べるのを覚悟で焼きました。
コンビニのよりずっと美味しかったですけど、大き過ぎます。
3日間食べました。
3日目はさすがに飽きてきたので、少し残っていたのですが捨てました。

今日定期ボックスの案内が来て、ホッケの開きも入っていたのですが、今回は見合わせました。
また暫くしたら買ってみようと思います。

posted by まみこ at 16:08| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

誰にも言えなかった

こんにちは、まみこです。
毎年夏休みになると、私達姉妹は2週間父の実家に泊まりにいってました。
父の実家は農家で田舎です。

私は小さな頃から父にもその一族にも可愛がられていませんでした。
理由はわかりませんが、多分父方に全く似ていないことと、我が強く喜怒哀楽が顔に出るタイプだったからかもしれません。
逆にいつもニコニコしておとなしい姉は、まるでお姫様のように扱われていました。
でも、そのことを特に不満に思ったことはありません。
何故なら、母の実家に行くと立場が逆転したからです。

小学校の4年生だったと思います。
いつもは真っ直ぐ田舎に行くのですが、その時は行きに祖母の実家に寄りました。
お昼ご飯をご馳走になり、バスで田舎に向かいました。
乗り物酔いをしない姉が、走ってるバスの窓から顔を出して吐きました。

田舎に着いてグッタリしている姉は、すぐ布団を敷いてもらい寝かされました。
両親も帰り、暇だった私は庭をウロウロしていたのですが、なんだか頭痛がしてきました。
少し我慢していたのですが、割れそうに痛くなったので、姉の布団に横になりました。
隣の部屋で祖母と従姉が「横で寝てんのか」「なんだって同じにしたいんだ!」と吐き捨てるように言っているのが聞こえました。

夜、姉はお粥を作ってもらいましたが私は起きて普通にご飯を食べました。
翌朝です。
左下腹の激痛で目が覚めました。
時計を見たら4時半でした。

当時あの辺の農家は皆外便所でした。
私は閉められた黒い大きな戸に付いている潜り戸を開けてお手洗いに行きました。
水のような便がでたのですが、色がおかしいように感じました。
汲み取り式ですし、まだうっすら明るいだけなので、よく分かりませんでした。
拭いたらやはり血でした。
鮮血ではなく濁った血です。

農家の嫁さんは早起きです。
叔母は私が出て行ったのも戻って来たのも見ていましたが声はかけられませんでした。
私は心の中で「どうしよう」と思ったのですが言い出せません。
そして普通に起きて普通に朝ご飯を食べたのです。
昼間も普通にしていました。

翌朝も同じことが起こりました。
やはり4時半です。

姉は前の日から2〜3度吐いてそのまま寝ていました。
夕方叔父が姉の為にゲンノショウコを煎じました。
私は何と言われてもいい、兎に角自力で治さなくてはの一心で、興味がある振りをしてゲンノショウコを飲みました。
「おいしい」と言って湯飲みに2杯飲んだのですが、嘘です。
すごく不味かったです。

夜になってお医者さんが往診にみえました。
みんな姉を取り囲んで神妙にしています。
私は部屋の隅で寝ながら「先生、お願い、私も診て」と心の中で念じていました。
でもお医者さんは見向きもせず帰ってしまいました。

翌日ゲンノショウコが効いたのか、便は固まりました。
でも赤いものが斑に混じっています。
その日もゲンノショウコを飲みました。
2日程したら混じり物もなくなりました。

父の実家で私は病気になってはいけないのです。
病気になっても素振りを見せたり口に出したりしてもいけないのです。
あの家はそんな家です。

大分経ってからこのことを、母と姉には話しました。
母は涙ぐんでいました。
posted by まみこ at 13:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

へんな目

こんばんは、まみこです。
私は近視です。
それもかなり悪いです。

初めてメガネをかけるように言われたのは小学校3年の身体検査の時です。
早速母に眼鏡屋さんに連れて行ってもらい、メガネを作りました。
今迄普通に見えていると思っていた景色が、メガネをかけると随分違って見えました。

翌日学校へ行く時は、なんとなく恥ずかしかったのでメガネはかけずにランドセルに入れて行きました。
学校に着いて教室でメガネを出したら、友達が集まってきました。
「あ、まみこちゃんメガネ買ったの?」「貸して、貸して」「うわー頭がクラクラする」とか大騒ぎです。
授業が始まってメガネをかけたら黒板の字がすごく良く見えます。
ところがそのまま机の上の教科書を見たりノートに書いたりしようとすると見えないのです。
ぼやけてしまって、後ろに反り返るようにしないと見えません。
子供だったから分かりませんでしたが、老眼のような感じです。

それで黒板を見る時はメガネをかけて、机の上を見る時は外してと忙しかったです。
授業中以外はメガネ無しで過ごしていました。
大人になってもその見え方は変わりませんでした。
家でもテレビを見る時だけメガネをかけていました。
それは今でも続いています。

大学を卒業して観光会社に半年、画廊に3年半勤めましたが、経理事務だったのでメガネは持ち歩きもしませんでした。
2度目の結婚で寿退社して専業主婦をしていた時、友達に頼まれて内職程度にしていたテキスタイルデザインの仕事が離婚後本職になりました。

テキスタイルはすごく細かい作業です。
当然メガネはいりません。
でもだんだん仕事が増えていくつもの会社を掛け持ちするようになってきたら、電車に乗るのが不便になりました。
乗換駅や料金の表示が見えないのです。
そこで出かける時だけコンタクトレンズを入れるようになりました。
ソフト、ハード、使い捨てと色々使ってみましたが、使い捨てが1番便利だと思いました。

仕事がキツ過ぎて、体調を崩しリタイアしてからはずっと裸眼のままです。
今もたまにDVDをデッキで観るときだけメガネをかけます。
普段はDVDもパソコンで観ているのですが、稀にパソコンだと再生できないディスクがあるのです。

子供の頃から私は近視と老眼の掛け持ちをしていたのでしょうか。
posted by まみこ at 19:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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