2012年01月20日

金魚

こんにちは、まみこです。
一人暮らしになってから何か物足りない思いをしています。
猫でも飼おうかなと思ったのですが、ずっとお世話になっていた動物病院のホームページを見たら代替わりしていました。
先生は引退したらしく、大阪で働いていた息子さんが後を継いでいました。
システムも変わったみたいで、料金がすごく高くなっているのです。

今迄留守にするときは、犬達はペットホテルではなく動物病院に預けていました。
ペットホテルだと感染症にかかったり、きちんと面倒を見てくれないのではないかという不安があったからです。
でも治療費も預かり代も今迄の倍以上になっているので、貧乏な私には無理です。

そこで金魚を飼おうと考えました。
金魚は何度か飼ったことがあります。
ところが私は金魚を飼うのがすごく下手なのです。
いつも白点病で死なせてしまいます。
何度挑戦しても、衛生に気をつけても駄目です。
白点病の薬剤も使ったことがありますが、やっぱり死んでしまいました。

白点病は水温が低いと発生しやすいようです。
熱帯魚用の水槽を置く場所はないし、金魚鉢で25度以上の水温を保つのは難しいですね。
私は金魚は出目金が好きです。
せっかく飼っても死なせてしまったら可哀想ですし、生き物を飼うのは無理なのかなぁと思っています。
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2012年01月15日

便意

おはようございます、まみこです。
朝から汚い話題ですみません。
私は物心ついた頃から、大便をする前に腹痛がありました。
お腹がギューッと痛くなって催すのです。
下痢するしないに関わらずです。
ずっとそれが普通だと思っていました。
他の人もそうなのだと。

小学生の頃です。
姉と話していて、何かの拍子に便の話になりました。
私が「うん○する前にお腹が痛くなるじゃない」と言うと、姉は「えー、ならないよ」と言うのです。
私はとても不思議でした。
「じゃあ、知らないうちに出ちゃうの?」と聞きました。
「ううん、あ、行きたいなと思ってでるんだよ」との答えに私はますます???になりました。
どうしても理解できません。
姉は「普通お腹なんか痛くならないよ」と言います。
ずっとその感覚が分かりませんでした。

高校生の終わり頃に、腹痛を伴わない便意というものを初めて体験しました。
「ああ、これなんだ」と思いました。

それ以来腹痛無しの便意を保っています。
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2012年01月13日

よくしゃべる人

こんにちは、まみこです。
8月に母が施設に入居したのですが、その頃私の体調が最悪でした。
そこで母の衣類の持ち帰りをしてくれる人を頼みました。
施設は隣の区ですが、そちらのほうの社会福祉協議会のサービスです。

うちに来てくれる人はFさんといって、とてもよくしゃべる人です。
初めは玄関先で荷物を渡し、戻って来たらただ受け取ればいいのかと思っていました。

ところが初回から家に上がってくるのです。
そしておしゃべりが始まります。
私は荷物をバッグに入れて、持ち帰る物のリストをメモ用紙に書いて準備しておきます。
すぐ出かければいいのに、なかなか立ち上がりません。
20分ばかり話すと「さあ、では行って来ましょうかね」と言って、やっと出かけます。

帰って来てもドッカリ椅子に座って、またおしゃべりが始まります。
30分以上は話します。
私は「ええ」とか「はい」とか「そうですか」などと愛想笑いをしながら聞いているだけです。
母の様子も報告してくれるので、それはいいのですが大抵は家族や兄弟の話です。

去年の暮れに来た時はデイルームに童謡が流れていたと言っていました。
「○○(母)さんは歌は歌わないんですか?私は歌が大好きでいつも歌ってるんですよって言ったんですよ」と言って、その時流れていたという「とおりゃんせ」を歌い始めてしまいました。
も〜、勘弁してよ〜と思いました。

来るのは午後です。
一応契約では2時から4時までとなっていますが、大抵1時半には来ます。
私は午前中は大丈夫なのですが、午後はダルくて起きているのがシンドイです。

もう私も午前中なら行けるようになったので、断ろうかどうしようか迷っています。
又いつ具合が悪くなるか分からないし、2週間に1度だからこのままでもいいかなとも思っています。

昨日も来たのですが、疲れました。
posted by まみこ at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

今更後悔しても

こんにちは、まみこです。
昔のことを振り返ってみようと思います。
私の最初の結婚相手は、学生時代新宿で遊んでいた頃の遊び友達でした。
仲間の1人というだけで特別な感情は持ったことがありません。
その人Mとは1度だけ2人でお茶を飲みに行ったことがあります。
話も弾まず「なんかつまらない子だな」と思いました。

なんとなく皆バラけて会うこともなくなりました。

大学を卒業した年、突然Mから電話がありました。
会おうということになったのですが、気も進まなかったし面倒なのでスッポカシてしまいました。
その後又電話が掛かってきて、スッポカシたことに文句を言われました。
仕方なく今度は出かけました。
そして3度目に会った時に、つきあってくれと言われました。

私は角が立たないように断ろうと思って「私、もう結婚を前提にしないと付き合う気ないのよね」と言いました。
「俺はそのほうがいいよ」とMは勢い付いてしまったので、「Mはその対象にならない」という言葉を飲み込んでしまったのです。
これが最大の失敗でした。

話はどんどん進み、Mのお父さんが挨拶にみえました。
もうヤケッパチです。
結婚するしかないし、一緒に暮らせば情も湧くかもしれないと思いました。
嫌いではないけれど恋とか愛とかはありませんでした。

そして翌年の3月、神社で式を挙げました。
披露宴は無しです。
親族と私は親友1人、Mは会社の上司1人だけで神社の近くの料理屋さんで食事をしました。
M21歳、私23歳でした。

Mは客観的に見れば良い夫だったかもしれません。
仕事柄給料も多く、真面目でした。
タバコだけ買っておいてくれたら小遣いもいらないと言います。
共働きでしたので、私の給料はそっくり貯金できました。
休みの日は大抵ドライブに行きました。
まあまあ平穏に暮らしていたのです。

ところが3ヶ月経った時、些細なことで機嫌を損ねたMの酒乱が発覚。
それからは暴力と謝罪の繰り返しでした。
私はいくらあとで謝られても酒乱の恐ろしさに耐えられませんでした。

8月の夏休みに姉の所に行き、そのままMの元には戻りませんでした。
実家に来られても嫌なので、別の場所に部屋を借り1人暮らしを始めました。
それでも勤め先に脅しの電話が何度かかかってきましたが、取り合いませんでした。

離婚届は郵便で実家に送ってもらい、私が区役所に提出しました。
僅か5ヶ月の結婚生活でした。
最初にきちんと断らなかった私が馬鹿なのだから仕方ないです。

2度目も「あの時別れていれば」という機会は何度かあったのですが、今更取り返しはつきません。

こうして私は27歳でバツ2になってしまったのです。
アホですね〜
posted by まみこ at 13:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日

七草粥

こんばんは、まみこです。
今日で松の内も終わり、七草の日ですね。
七草粥は不味いと言う人もいますが、私は好きです。
でも今年は1人だったので食べませんでした。

うちの七草粥には、お餅を入れます。
お餅がトロトロになった感じが美味しいのです。
お粥はそれ程好きではないのですが、七草粥は別です。
毎年1月7日には朝晩食べていました。
塩味と七草の青臭さと柔らかいお餅、美味しいです。

犬達がいた頃は犬にも食べさせていました。
犬の分は別に作ります。
お餅は入れませんし味無しです。

今年は御節もお雑煮もお餅も食べず、なんだかお正月という感じがしませんでした。
お酒も飲んでいません。

来年はささやかでも少しはお正月らしいことをしようかな、と思います。
今からこんなことを言っていると鬼に笑われますね。
posted by まみこ at 18:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

旅行に行きたい

おはようございます、まみこです。
最近少し体調が良くなってきたので、旅行したい気持ちが湧いてきました。
まだ無理かもしれませんが、春ごろには行きたいです。

私は北のほうには用事があって、よく行ったのですが南や西には行ったことがありません。
京都、奈良止まりです。

2008年に大分に行くつもりでいました。
母と一緒です。
2月だったので、天気を調べたら大分は雪でした。
それで急遽浜名湖にしたのです。
母はもう旅行に行けない状態になってしまったので、あれが母との最後の旅行になってしまいました。

九州も四国も行ったことがないので、行きたいです。
大阪や神戸もいいですね。
できれば温泉でのんびりしたいのですが、温泉旅館は食事の量が多いので持て余してしまいます。
でも温泉地でビジネスホテルというのも味気ないですし。

まだ時間があるので、じっくり考えようと思います。
今のところ候補は、別府、湯布院、神戸です。
島根や鳥取にも行ってみたいです。
posted by まみこ at 10:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

お風呂

こんにちは、まみこです。
2012年も明けましたね。
今迄この拙い日記を読んでくださってありがとうございます。
今年もできる限り更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

今年は生まれて初めて1人きりの元旦を迎えました。
お正月らしいことは何もしませんでした。
おせち料理もお雑煮も食べていません。
1人のんびりしています。

私はお風呂が嫌いです。
面倒なのです。
だからカラスの行水です。

いつも午前中に入ります。
今迄は10時にコーヒーを飲んで、その後入っていたのですが、いつのまにか8時頃入るようになりました。
今朝は7時過ぎに入りました。
お風呂くらいゆっくり入ろうと思ったのです。

お湯もぬるめにして、2回湯船につかりました。
以前は入浴剤などは使わなかったのですが、最近は入れています。
いろいろな温泉地のものとかお酒のものとか買い込みました。
色も香りも違って楽しいです。

普段は15分もかからずに上がってしまっていたけれど、今日は40分位入っていました。
からだもあたたまり気分がいいですね。

下町の人間は熱いお湯が好きです。
子供の頃は銭湯に行っていました。
銭湯には普通の温度の湯船と熱い湯船があります。
私は先に普通のほうに入って、その後熱いほうに入っていました。
熱い湯船は深くて、子供は立っていないと沈んでしまいます。
それでも熱いお湯が好きでした。

家のお風呂も今迄は44度でしたが、今日は42度にしました。
ちょっとぬるく感じましたが、ゆっくりつかっていたら温かくなりました。

なんだかお風呂好きになりそうです。
posted by まみこ at 12:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

テレビ局って何なの?

おはようございます、まみこです。
昨日ふと思い出して腹が立ったので書いてみます。

私の家の右隣は和菓子屋さんでした。
おじさんが亡くなって、もう廃業してしまいましたが。
隠れ名店として、よく雑誌や新聞の地域版に載っていました。

ある時NHKの取材がありました。
何日かにわたって録画をしたようです。
その日私が外出から帰って来ると、道路に人だかりがしています。
録画撮りをしていたみたいです。

私は浅草に住んでいるので、ロケや中継は珍しくもなく興味もありません。
そのまま家に入ろうとしたら、スタッフらしき人が「ああ、ちょっと、ちょっと!!」と叫びながら来るなと言うように手を振りながら走ってきました。
私の家は和菓子屋さんの手前です。
多分邪魔をしようとしたと思われたみたいです。
そのまま無視して、門を開けて中に入りました。
スタッフも自分の早とちりと気付いたようです。
私は後ろも見ずに路地を通って家に入りました。

でも考えてみると変じゃないかと思います。
テレビ局ってそんなに偉いのでしょうか。
撮影対象以外は、まるでゴミのような扱いです。
隣り合わせの家の者が自分の家に入ることさえ規制できるのでしょうか。
それならきちんと道路使用許可を取っているのか聞きたいです。

NHKの「男の料理」という番組です。
放送は観ました。
仕事場の開いた窓に、うちの庭の木が写りこんでいました。
ゴミが写らないようにしたいのなら、これも画像処理して欲しかったです。

なんて年末に過去のつまらないことに腹を立てていても仕方ないですね。
posted by まみこ at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

こんにちは、まみこです。
19日から23日まで姉がきていました。
約1年ぶりです。
いつもは10日間くらい居るのですが、24日に仕事が入っているということで23日に帰りました。
17日に送った荷物が届いたという電話があって、その時私が具合悪そうなので「取り敢えず行くよ」ということで来てくれました。

食事の支度から掃除まで全部やってもらいました。
普段やらないところ(キッチンのタイルやガラス拭きなど)もみんなピカピカになりました。
「いいから寝てな」と言って、私が横になっている間に掃除をしていました。

やっぱり1人でいると倒れたらどうしようという不安があるのだと思います。
姉がいる間は体調も比較的よかったです。

雑談している時、お菓子の話になりました。
うまい棒食べたことないとか、昔のお菓子が食べたいと言いました。
「お砂糖を固めたバナナの形のお菓子なんか今ないでしょう」と言ったら、「スーパーにあるよ」と言います。
私はスーパーには行けないのです。
去年2回行ったのですが、2回とも発作を起こしました。
今年は1度も行ってません。

先程姉から荷物が届きました。
うまい棒とバナナのお菓子が入っていました。
届いたと電話したら「へんなものが入ってたでしょう」と笑っていました。
食べたかった物なので大喜びです。

帰る日にシチューを作っておいてくれたので、小分けにして冷凍してあります。
姉は料理が好きなので助かります。

住まいがもう少し近ければいいのになと思います。
posted by まみこ at 13:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月25日

趣味





こんにちは、まみこです。
私の趣味の一つに心霊実話本を読むことと、ホラーDVDを観ることがあります。

今年は夏に母が施設に入居したし、私も体調が悪く外出できなかったので時間が結構ありました。
そこで本を沢山読んだりDVDを観たりしていました。
DVDは邦画では「呪怨」「着信アリ1・2」「リング1・2」「感染」「らせん」などを、韓国映画では「霊(リョン)」「コックリさん」を観ました。
ホラーは邦画のほうが怖いです。
1番面白かったのは「感染」です。

実話本も色々読みましたが、稲川淳二のものが怖いです。
稲川淳二の話はYouTubeでも時々観ますが、あの人は早口なので文字で読んだほうがいいように思います。
あと平山夢明が編集したものも怖かったです。

以前仕事をしている時、アルバイトの子に「その趣味他人に言わないほうがいいよ。ドン引きされるから」と言われたことがあります。
ドン引きされますか?
そんなことありませんよね。
posted by まみこ at 12:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

S先生のこと5(終)

こんにちは、まみこです。
当時S先生はまだ外来は担当していませんでした。
ですから私が診察に行くと、呼ばれて下りてくるのです。
当然日時は決めていました。

2年程して外来を受け持つようになりました。
それまでに結構親しくなって、彼女がいることや500床以上ある大きな神経科の病院の次男坊さんだということも知っていました。

当初外来は机を挟んで向き合って診察をしていました。
ある日私の前の患者がなかなか出て来ないので、呼ばれて入って行った時「前の人長かったね」と言いました。
先生は「うん、時計ばかり見てたよ」と言うのですが、診察室には時計がありません。
先生は腕時計もしていません。
私がキョロキョロしていたら「時計ここにあるんだ」と言って机の上のキャビネットに置いた置物を持ち上げました。
患者側から見ると人形の置物なのですが、先生が裏を見せてくれたら時計になっていました。
「分からないでしょう?」と言って笑っていました。
そんなことまでザックバランに教えてくれるくらい仲良しになりました。

3年後のことです。
診察室に入ったら先生がプラチナのリングをしているのです。
「あ、結婚したんだ」と言うと「うん、30になったから」とテレながら答えました。
私は「おめでとう」と言いながらも、なんだか可笑しさがこみ上げてきて「ごめんね、ごめんね」と言いつつ笑い続けていました。
最初はどう見てもフリーターにしか見えなかったS先生がとうとう所帯を持ったかと思うと笑いが止まらなくなってしまったのです。
嬉しいようなホッとしたような、何とも言えない身内的な感情でした。

大学病院は移動が多いのですが、何故かS先生は10年以上経った今でも土曜日の午前中の外来だけには来ています。
普段はお父さんの病院で働いています。

2年位前の診察の時、いきなり「僕のこと好き?」と聞くので「だ〜い好き」と答えたら真っ赤になっていました。
逆に「私、やりにくいでしょう」と質問したら「いや、よくわかってるからやりやすいよ」と言ってくれました。

治療は試行錯誤の繰り返しですが、S先生との人間関係はとてもうまくいってます。
ただ前回の診察の時「あのさあ」と言いかけて「あ、いいや後で話す」と言った言葉が気にかかります。
もう病院に来なくなってしまうのじゃないか?と少し不安に思っています。
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2011年12月21日

S先生のこと4

おはようございます、まみこです。
S先生に任せようと思ってから、私の気持ちは急に融けてきました。
質問にも正直に答えたし、雑談なんかもするようになりました。
先生もざっくばらんに自分のこと教えてくれました。

こんな会話もしました。
先「大学現役?」
私「うん」
先「すごいね。僕一浪」

先「浅草寺病院の隣にある建物は何?」
私「浅草寺青少年センター(現在は建て替えて浅草寺普門館になってます)。よくあんな地味な建物に気が付いたね」
先「うん、僕××(東武線で1本)に住んでるから浅草は時々行くんだ」

など個人的なことも話しました。

ロールシャッハテストや心理知能テストの結果、S先生は私のことを人嫌いで他人に無関心だと思っているようでした。
ある時「○○さんはヤキモチとか妬いたりもしないの?」と聞くので「そんなことないですよ。先生が廊下で誰かと話してるのを見かけると、何よこっちには顔も出さないでって思うもの」と言ったら、翌日から毎日部屋に来るようになりました。

1ヶ月半は瞬く間に過ぎ、3月になったら「9日か10日に退院してもいいよ」と言われました。
カレンダーを見たら9日は仏滅、10日が大安だったので10日に退院することにしました。
S先生は「○○さんでもそういうこと気にするんだ」と笑っていました。
そして「あ、僕10日は休みなんだ」と言うので、9日にお礼の挨拶をしておきました。
でも10日になったら休みなのに来てくれました。

この後は外来での診察になります。
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2011年12月18日

S先生のこと3

おはようございます、まみこです。
神経病みの人間は普通の人が何とも思わないようなことでも、異常に落ち込んだりします。
「突き放してる」発言があった晩、私は眠れなくて起きていました。
夜中見回りに来た看護師さんが「どうしたの?なんかあった?」と声を掛けてきたので、S先生にこう言われたと話しました。
看護師さんは私のベッドの頭側にしゃがんで、30分近くヒソヒソ声でいろいろ話しました。

翌日申し送りの時にでも伝えたのでしょう。
看護師さん達はみんな知っていました。
私の受け持ち看護師さんは「無神経なのよ!」と怒っていました。
看護係長も「S先生が間違ってます。患者さんには絶対言ってはいけない言葉です」とおっしゃいました。

教授回診が終わったあと、私はデイルームでみんなとおしゃべりしていました。
そこへS先生が顔を覗かせ、私に来るようにと目で合図を送ってきました。
無視して行かなかったら、今度は「○○さん、ちょっと」と呼びに来たのでシブシブ行きました。
部屋に入ると「あのことなんだけど・・・」と言いかけたので遮って「突き放した患者がどうなろうと知ったことじゃないでしょう」と言って席を立ってしまいました。

翌日です。
当時私は茶髪にしていました。
それで共同の洗面所でカラーリングをしていました。
共同の洗面所はお湯も出るし、シャワー付きの蛇口もあるのです。
染め終わって髪を拭きながら部屋に戻ったら、S先生が中で待っていました。

私もいつまでも怒っていても仕方が無いと思ったので、話し合いに応じました。
たくさん話しました。
途中先生は涙が零れないように天井を向いて堪えたりしていました。
私の気持ちもだんだん解れて、この先生に任せようと思い始めてきました。

S先生は患者の間で陰で「タケノコ」と呼ばれていました。
「タケノコってなあに?」と聞いたら、ヤブにもなれない駄目医者のことなのだそうです。

私はそれを聞いて、S先生と一緒に自分も成長しようと思いました。
posted by まみこ at 10:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

S先生のこと2

こんにちは、まみこです。
入院した日は受け持ち看護師さん(患者1人に決まった看護師さんが1人付きます)と話をしたり病棟内の説明を受けたりして、その後看護係長と面談をしました。
翌日S先生の問診がありました。
私は好き嫌いが激しい性格で、嫌だと思ったら全く受け付けないところがあります。

S先生が色々質問してきても終始無言でした。
「どうして答えてくれないの?」と言われ、「先生のこと大っ嫌いだから話はしません。私の担当下りてください」と言いました。
「いや、それはできないから。なんで嫌われたのかなぁ」と困った顔をするので、理由を言いました(手を振り払ったこと)。
先生は頭を抱えてしまいました。
自分では覚えていないようでした。
でも「僕が悪かった。謝りますから協力してください」と言われました。

謝ってくれたので私も少し機嫌を直しました。
神経科というのは幼少の頃に遡ってかなり立ち入ったことも聞かれます。
だんだん打ち解け始めた頃「僕は○○さん(私)のこと敢えて突き放してるんだ」と言われました。
ショックでした。
主治医に突き放されているのなら入院している意味もありません。
帰ってしまおうかと思いました。

月曜日に教授回診があります。
2度目の回診の時、教授の問いにも答えずにいました。
「どうした、声が出ないの?」と聞かれ首を横に振りました。
「声は出るけど話したくないの?」と言うのでうなずきました。
S先生のほうを見たら今にも泣き出しそうな顔をしています。
教授は「あとで主治医の先生とよく話すようにね」と言って隣のベッドのほうに移動しました。
posted by まみこ at 11:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

S先生のこと1

こんにちは、まみこです。
神経科での私の主治医はS.K先生といいます。
初めて会ったのは初診の時です。
N先生が診察をしてくださったのですが、回りを囲むように大勢のお医者さんが座っていました。
S先生はその頃1番下っ端でした。

診察が終わり先生方が散ったあとも、私の入院のことや検査の依頼などで走り回っていました。
私はフラフラで歩くのもやっとの状態でした。
採血の為看護師さんのいるほうへ移動していたらS先生とすれ違いました。
私はよろけて咄嗟にS先生の腕につかまろうとしました。
無意識の行動です。
それをなんとS先生は払い除けたのです。
後ろから来た女性の先生が支えてくれたので倒れずにすみました。

採血が終わって、入院までのあいだ今迄通り眩暈の注射を続けていてもいいかどうか聞きに行ったら、S先生しかいなかったので仕方が無いので聞きました。
S先生は小柄です。
私より身長は低いかもしれません。
それが偉そうに顎をしゃくり上げて切り口上で答えるのです。

なんて嫌な奴、というのが私の第一印象でした。

入院の日、受付を済ませるとあの科では担当する先生が迎えに来るのです。
降りて来たのはS先生でした。
私は完全に拒否反応を示しました。
嫌だ、帰る、入院しないと言い張りました。
母に宥められてシブシブ病棟に行きました。

S先生は研修が終わったばかりで、患者を受け持つのは初めてのようでした。
本当は別の先生が担当する予定だったらしく、私のベッドのプレートにはT先生の名前が書かれていました。

いい感情は持っていませんでしたが、仕方なく入院することになりました。
posted by まみこ at 16:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月07日

緊張

こんにちは、まみこです。
私の琵琶の初舞台は、習い始めて1年も経たない時でした。
宗家の七回忌法要演奏会で、会員は全員出演だったのです。
全員だと人数も多いので2人1組でやることになりました。

衣装は女性は黒留袖、男性は黒紋付と決められました。
私は黒留袖を持っていないので、急遽姉のを借りました。

初舞台は頭が真っ白になるくらい緊張しました。
「敦盛」をやったのですが、私は歌で先輩が弦です。
毛氈を敷いた台の上で震えて足がガタガタ音をたてていたのを覚えています。

その後少しずつ舞台に出るようになりましたが、3〜4年は緊張して困りました。
出番の前に舞台袖で待機している時が1番緊張します。
気持ち悪くなるほどです。
出番がきて座ってしまえば大丈夫なのですが、それでも早く引っ込みたくて急いで演奏して師匠に怒られたりしていました。

それでも場数を踏んでいくうちにだんだん慣れてきました。
楽屋では他の流派の人達とも一緒になるので、おしゃべりするのが楽しみになりました。
舞台は自分の前の人が始めると、袖に行って待機します。
持ち時間は14分なので、待っていると結構長いです。
出番が近付くと「行ってらっしゃ〜い」などと言われ気楽に「行ってきま〜す」と答えていました。

日本琵琶楽協会の主催する演奏会が年に4回あります(そのうち1つ、お正月の名流会は東京新聞が主ですが)。
出演者は募集しますが、大抵は各流派の推薦です。
人数が足りないと理事が犠牲になります。
理事会で○○さんどうですか?と言われ、穴埋めをします。

私は体調不良で理事を辞任する前の年の秋の演奏会が最後の舞台になりました。
それも穴埋めでの出演です。

001.JPG 初舞台です。

002.JPG こんな風に掛け合いでやることもあります。

003.JPG 原則は単独演奏です。

写真がボケボケで顔はわからないと思いますので修正なしで載せてみました。
posted by まみこ at 13:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月05日

少し進歩

こんばんは、まみこです。
私の病気の1つにパニック障害があります。
発病したのは何時か分かりません。
多分高校生の頃だと思います。

ひどくなったのは、10年位前です。
今年の春から更に悪化しました。
8月12日に母が施設に入居し、一人暮らしが決定的になって余計に悪くなりました。

予期不安に悩まされ、外出時だけ服用していた安定剤も家でも飲まなくてはいられないほどになってしまいました。
パニック障害のサイトをいくつも読みました。
その中に呼吸法を紹介したサイトがあったので試してみました。
浅い呼吸を10分間、1日3回やるのです。
即効性はありません。
長く根気良く続けるのだそうです。
私のように広場恐怖もあり、鬱病も併発している場合ですと2年位はかかるようです。

まだ始めて1週間も経っていないので効果は現れてはいませんが、いつか治るという希望が持てるようになりました。
今日は癌の定期健診がありました。
普段の診察は近所のS病院ですが、検診は手術をしたO病院まで行きます。

電車に乗れないのでタクシーです。
渋滞しても大丈夫なように、いつも早目に出かけます。
外科の予約が9時半だったので7時半頃家を出て、8時半位に病院に着きました。
10時半には婦人科の予約も入っています。
ホルモン療法をしていると子宮体癌になりやすいので、いつも婦人科の検査もします。

全部終わって家に帰ってきたのが12時過ぎでした。
でも発作を起こすこともなく無事戻れました。
行き先が病院なので具合が悪くなってもどうにかなるという安心感もあるのでしょう。
最近の状態からして今日行けるのか不安でしたが、何とも無くて良かったです。

少し自信がつきました。
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2011年12月03日

寝相

こんにちは、まみこです。
皆さんは寝相はいいですか?
私は元々仰向けで寝ます。
でも人間って眠っている間にけっこう動くらしいですね。

以前犬がいた時、お姉ちゃん犬は私の右側、弟君は左側で寝ていました。
トイプードルでも小さいほうで、2人とも約2キロです。
軽いのですが眠ってしまうと力を抜くので重くなります。
私は仰向けで手は横に揃え、足はまっすぐにして、その両脇に犬がいるのです。
身動きができません。
動いて起こしてしまうのも可愛そうなので、ずっとそのままの姿勢でいました。
トイレに行きたくなった時は、そろ〜っと上にずり上がっていき、戻ったら足からそっと布団に入っていました。

先にお姉ちゃん犬が死に、右側は自由になりましたが、それでもなるべく動かないようにしていました。
弟君も死んで何年か経ちます。
それでもその頃の癖が直らず、今でもツタンカーメンのような格好で寝ています。

弟君が死んでから暫くの間は左側に寝息のようなものを感じていましたが、今はそれも無くなっています。
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2011年11月29日

閉鎖病棟3

こんにちは、まみこです。
続きです。

病棟にはお風呂、洗濯機、公衆電話はありますが、自動販売機はありません。
その代わり毎日牛乳屋さんが来ます。
「牛乳屋で〜す」の声がすると各自部屋から出てきて買い物をします。
コーヒーやジュースなどの飲み物、プリンやゼリーをリヤカーのような物に積んできます。

お風呂は1日おきでした。
部屋番号で奇数の日、偶数の日と分かれていて男女別ではありませんでした。
朝廊下のテーブルの上に順番が書かれたノートが置かれます。
1番の時はいいのですが、遅くなると湯船が濁って気持ち悪いのでシャワーだけで済ませます。
割り当て時間は衣類の着脱も含めて1人20分です。
出たら名前にチェックをして次の人に声を掛けます。

薬は完全に管理されていました。
食後看護師さんがワゴンを押して各部屋を回ります。
ちゃんと飲んだかを確かめて、ゴミも回収します。
そうしないと、こっそり溜め込んで大量に飲んでしまう人が出るからです。

私は昼間は普通にセーターとスカートで過ごしていました。
なるべく日常と同じ生活をするようにということで、服装も化粧も自由でした。

各種検査や主治医との面談以外は暇なので、大抵デイルームでおしゃべりをしていました。
私は割りと早く外出許可が出たので、始めは院内を、次は病院の周りを1人でウロウロしていました。
外は寒かったし、あまり見る所もないので外出時間は短かったです。
1度1駅ですが地下鉄に乗って湯島天神まで梅を見に行きました。
東大の三四郎池に行く人が多かったみたいです。

第一印象が最悪で大嫌いだった主治医の先生とも、だんだん打ち解けて仲良くなりました。
大学病院は移動が激しくて入院中お世話になった先生方はもういませんが、主治医の先生だけは今でも土曜の午前中だけ外来を受け持っています。
だから私はずっと同じ先生です。

病名も確定し、症状も落ち着いたので3月10日に退院しました。
posted by まみこ at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

閉鎖病棟2

こんにちは、まみこです。
私が入院したのは冬、1月25日です。
その前から私は同じ病院の耳鼻咽喉科にかかっていました。
声帯を痛めてしまったからです。

入院してすぐに耳鼻咽喉科の予約日がありました。
まだ外出許可はでていません。
診察の時は看護師さんが付き添ってくれました。
家では毎日吸入をしていたのですが、吸入器は大きいし煮沸消毒をしなくてはならないので持っていきませんでした。
神経科で吸入の道具を貸してくれたのですが、小さいガラスの容器でやたらチューブが長いので、かえって苦しくなるのです。
診察の時にそのことを話したら、かえって悪化しているので毎日午前と午後に吸入に来るように言われました。
指示書も書いてくださり、入院中は毎週診察してくれることになりました。
これで耳鼻咽喉科に行く時は許可がなくても出られるようになりました。

入院しているといっても体は普通の人が多かったです。
起床は7時ですが6時にデイルームのドアが開いて、お茶が用意されるので大抵7時までデイルームに居ました。
7時になるとラジオ体操をするのですが、私は参加したことはありません。

朝食後、雑巾がけをします。
自分のベッドの周りと部屋の中です。
私は3人部屋にいて、1人は意識が無く寝たきりだったので、もう1人の人と分担して拭き掃除をしていました。
彼女は窓付近で私は洗面台とソファーです。

毎週水曜日にリネン交換があるのですが、これも自分でやります。
マットにシーツを折り込むのも最初は看護師さんに教わりましたが、慣れると結構うまくできるようになりました。
退院したらホテルのパートでもしようか、なんて同室の人と冗談言ったりしていました。

続きは後日書きます。
posted by まみこ at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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